わたしともやもや病・様々な後遺症

脳出血・もやもや病・片麻痺の記録

過去記

【9】入院中のお風呂の話

はじめに入院した総合病院は下階にコンビニとフードコートが併設されている程
とても大きい病院で看護士さんがとても忙しそうにされていました。
わたしが意識を取り戻してから一番ストレスが溜まっていたのが
なかなかお風呂に入れなかったこと
4日に1回と決まっていたそうですが普段1日1回お風呂に入っていたわたしとしては
とても毎日が不快でしてでも車いすの自身では入ることが出来ず、
忙しそうにしている看護士さんにお願いするのも申し訳なくてかなりのストレスでした
(看護助手さんにはお手洗いやコンビニに連れてってもらったりして頂いてましたが
お風呂はきっとダメなんだろうね

その後、転院した地元リハビリ病院では2日に一回入れて
この頃は自分一人で入ることを許可されていたので天国のようでした
転院してすぐPTさんに「お風呂見せてください」と言われて驚いたのはいい思い出

PTさんが見たかったのはちゃんと洗えているかと麻痺している右側を洗い流せているかだそうでした。
健常の左側は泡が残っていないか感覚で分かるけれど、
右側は感覚がないので丁寧に洗い流さないとたまに泡が残っていることがあります

2009年07月23日______✾

今日は口と手のリハビリが時間変更になったので、
午前リハビリは足のみでした。

足リハの後が何もない時は
最後に自分の寝室のある3Fに階段を上って戻るってのがお決まりになっていて、
まさしく今日だったんですが

ひぃひぃに成りました><; きつーい!

さて今日発見した事が2つ。

✿備え付けのリンスインシャンプーじゃ駄目涙

病院病院だから毎日お風呂いい気分(温泉)に入れるもんでもなく。
前に居た名古屋の病院は4日に1回状態だったので、
ほんと気持ち悪く大変だったりしたのですがΣげっそり
今のリハビリ病院病院が2日に1回入れて天国の様!

でも病院備え付けのリンスinシャンプーずっと使い続けてたら
頭皮から…あとは察してくれるよね><;

やっぱり愛用のシャンプーとリンス方が良かったですうれしい顔

✿右手で歯みがき出来てた

これも"指が覚えてる"なのかな
気付いたら右手で歯みgきしてたよう

柄の細い物は成れてないと持ちにくいらしいんだけど、
練習してきたりすると持ちやすくなるそうで。
気付いた時って一つ一つの事に嬉しくなるんだよねわーい(嬉しい顔)

さてさて。
では今からお風呂いい気分(温泉)行ってきますー(((っ・ω・)っ
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歯ブラシも最初はうまく使えなかったんだなと再読して思い出しました

【5】入院中リハビリの日々


今日は用事があって、横浜まで出向いていました
風が強かったですが天気がよく気分の良いお出掛けでした

現在は右片麻痺でも杖なしで歩くことができます。
それでも長時間は辛いので痛くなったら休みながらですが(*Ü*)

2009年07月18日______✾

お昼食べてすぐに母と娘が到着バンザイ
二人はお昼食べてないとの事で、
あたしのお部屋でお弁当モグモグ

食べた後にわたしがこのリハビリ内でどういう感じだったかっていうお話を聞きました。

リハビリについても順調に回復していて、
手リハビリは来週から包丁で野菜トマトを切る練習をしたり、
言語はほぼ問題なくなってきましたとの事で、
これからは自宅に帰る自宅リハビリ(と言っても1日帰るだけ)や、
本人から希望出ている退院についても早めに検討しようと思います。との事でしたバンザイヤッターぴかぴか(新しい)
それを聞いた母も一安心だったようでした。

母と娘はほのぼの時間を過ごして、
夜ご飯も一緒に食べて帰っていきました。

二人共、どもありがとうれしい顔
お陰で淋しくなかったよぅ(*>ω<*)
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この頃のリハビリは若い年齢での少量出血での脳出血だった為か
回復が早いと言われ、PTさんには後ろ向き歩行や走るリハビリ、自転車を漕ぐリハビリ、
OTさんには野菜カットやキーボードのタイピングのリハビリをさせて頂いていました。

どうしても娘との夏を自宅で過ごしたくて「退院したいなー」と話していました

【4】地元リハ病院へ転院~娘と再会~

2009年7月6日、車で8時間かけて地元へ帰り、
リハビリテーション病院に無事転院となりました。
そして一ヶ月振りに娘と再会→号泣(´;ω;`)
名古屋の病院に入院中、娘の気配を感じて振り向くも居ないという事が数十回とあり、
脳出血の後遺症だったのか、幻影をよく見ていました。
単に寂しかっただけなのかもしれませんが貴重な体験だったと思います

娘は母に預かってもっていたせいか、少しふっくらしていました。
きっとおいしい物たくさん食べさせてもらっていたんだろうなと安心しました

転院してすぐ理学療法士(PT)さんを紹介されました。
わたしよりも若い女性ですぐに車いすを外してくれました。
本人の意思を理解してくれるPTさんで嬉しかったです。

作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)さん共に皆女性の方で
わたしのリハビリを熱心に取り組んでくれる方でした。

そしてこの病院に転院してから携帯でweb日記を綴り始めました。

2009年07月18日______✾

今日は土曜日、リハビリが午前中までなので
いつもの9時から担当が手のリハビリに変わりました。

手担当スタッフさんはあたしよりも年齢が1個違いで
なんだかとても話しやすい方。
手担当のスタッフは今妊娠中なので、
生まれてきた時の話等々で盛り上がりつつ、リハビリしました

次の足が終わったら、次は待ってましたなお風呂いい気分(温泉)時間ですバンザイ

午後からは病院側からお話があるとの事なので、
娘と母が来る予定になっとりますほっとした顔
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【3】意識が戻ってから~リハビリ開始~

倒れてから1週間後。
気がつくとわたしはナースステーション内のテレビでニュースを観ていました。
数人のお年寄りと一緒に車いすに座りながらぼーっと観ていたのを覚えています。
自分が何故ここでテレビを観ているのか分かったのは数日後、
ゆっくり自分の意思が戻ったいったような感覚でした。
テレビを観せてくれていたのは
わたしがまだ意識がない状態だったのでテレビカードがなかったのでしょう。
看護師さんの優しさで観せてくれているのかな?と思いました

気が付くと毎朝のリハビリが開始していました。
歩くリハビリ、言葉を聞いて文字を書くリハビリ、手を動かすリハビリ。
歩くという無意識でしていたことを忘れてしまったかの様な感覚だったので
どう動かせば歩けるか最初は分からずで最初は戸惑いましたが
へんてこな歩き方でしたが少しずつ動かせるようになると
ゲームのクエストをこなしている様な感覚で楽しくなっていったのを覚えています
利き手の右が片麻痺になり、文字を書くことには苦労しましたが
利き手でリハビリを行ってくれたのは今でも感謝しています。
でも退院まで車いす状態は変わらずでした。

一ヶ月後の7月6日、地元のリハビリ病院に転院します。

【2】脳出血で倒れた日

2009年6月6日、旅行先、名古屋の小さな日帰り温泉施設
温泉に入り「サウナにも入ろう」と誘われ珍しくサウナに入り、
脱衣所に出てドライヤーを持った所ドライヤーがわたしの手から落ちました
「あれ?」
何度ドライヤーを持っても手から落ちます。
「・・・わたし、なんかおかしい
急いで着替え、左手だけで荷物を持ち、なんとか降りた下階で待っていた友人に
「わたしなんかおかしい」と話した所で意識がなくなりました。

脳外科Drに聞いた所、サウナ後の脱衣所は血圧が異常に上がるんだとか。
この時のわたしはヒートショック状態になっていた訳です


友人の車で大きな総合病院へ運ばれました。
この時の意識は車に乗る時、病院に着いてからの問いかけ、
短い記憶はありますがぶつ切りな記憶だけ。

この時脱力することやろれつが回らなくなること等
脳卒中の兆候は初めて、兆候だという事さえ知りませんでした。

わたしの出血範囲は小さく、自然に出血も止まったので
手術はなくICUへ運ばれたそうですが、
わたしは変わらず意識がなく、家族が到着してもろれつが回ってなかったり、
変な言葉を発していたそうです

この名古屋の総合病院に入院することになります。

プロフィール

あぐり


30歳で脳出血┊もやもや病
後遺症・片麻痺の話題を
ゆるく明るく綴っています
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